色絵 葡萄栗鼠文酒注  1670~1690年頃 

『武道に律す』というデザインのお話

伊藤嘉章(愛知県陶磁美術館 総長)

June 1, 2020

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柿右衛門様式の色絵磁器の優美な世界、それとは少々遠い感のある題名で恐縮です。この「武道に律す」が何であるかと言うと、柿右衛門様式で作られた「色絵葡萄栗鼠文酒注」について語るのに用いられる言葉なのです。

そもそも「色絵葡萄栗鼠文酒注」というのは、葡萄と栗鼠が色絵によって描かれた酒注ということです。瓢の形をして把手が付けられた酒注で、柿右衛門様式の色絵の代表作として紹介されることも多い作品です。そのちょっと変わった造形を飾っているのが、沢山の実をつけた葡萄と、あまり栗鼠には見えない栗鼠です。

この不思議な意匠を説明する際に使われるのが「武道を律す」という言葉。柿右衛門様式の色絵磁器が作られた江戸時代、葡萄と栗鼠のデザインを見て、「武道を律す」として受容したのだといった具合に解説されているのです。

この葡萄と栗鼠を組み合わせたデザインは、柿右衛門様式の色絵磁器だけに使われているのではありません。漆芸で使われていたり、刀装具の鐔にもそのデザインを見ることができるのです。鐔に使われてというと「武道に律す」という意味がしっくりくるような気もしますね。けれど、柿右衛門様式の酒注に、というとあまりしっくりとはこないですよね。

柿右衛門様式の色絵葡萄栗鼠文酒注の画像をご覧いただきましょう。たわわに実った葡萄が描かれています。色彩が葡萄らしいかは、色置き換えを得意とする柿右衛門様式では問題としてはいけません。栗鼠はと言うと、ううむ、これが栗鼠ですか。普通に想像するリスとはちょっと感じが…、キツネにも似て…。

ここで絵についての文句は言うまい、葡萄と栗鼠といたしましょう。この組み合わせ、やっぱり不思議です。栗鼠とドングリの組み合わせだったなら、まだ分かるかも。

そこで種明かし。葡萄と栗鼠の組み合わせ、これは中国由来の吉祥文様なのです。葡萄は沢山の実がついています。そしてもう一方の主役の栗鼠は子沢山。ともに子々孫々栄えていくよ、という意味があるということで吉祥の意匠とされ、中国では盛んに用いらることになったということです。

中国では「吉祥文様」はとても大切で、いろんなデザインが使われました。「福」という字は最も分かり易い吉祥デザイン。その「福」と同じ発音「福=蝠」ということで、あの「コウモリ=蝙蝠」が中国では幸福のシンボルになったりします。

肥前の磁器は中国陶磁に代わるモノとして作られます。柿右衛門様式の色絵磁器も中国陶磁の欧州輸出が止まったことで、肥前磁器が欧州輸出される中で生まれていきました。そこには当然の如く、中国由来のデザインが採用されていきます。幸福のシンボルとしての蝙蝠は、日本的には受け入れなかったようですが、葡萄と栗鼠は絵柄として受け入れられたのでしょう。

そうしながらも、日本人にはそれが吉祥のデザインということがピンと来なかったのでしょうね。それで無理やりこじつけたのが「武道に律す」という語呂合わせ。現代の我々には余計に分からない世界になってしまったというお話です。